K・I架設工業株式会社とは?
K・I架設工業株式会社は、新潟県新潟市北区を拠点に足場架設をメインに手がける会社だ。代表の岩名圭太氏が28歳のとき、社員わずか一人とともに立ち上げた。あれから17、18年。社員は55名にまで増え、売上は過去最高の8億円を超えた。取引先は200社以上。「新潟の同業者で、うちを知らない会社はいないぐらいにはなってきた」と岩名氏は語る。ゼネコンにも広く知られる、地域を代表する足場会社である。

中退、そして足場の世界へ
岩名氏のキャリアは、決して順風満帆な出発ではなかった。高校卒業後にコンピューターの専門学校へ進むも、一学期で中退。だが高校時代にアルバイトをしていた縁で、足場・とびの業界に入る。数年の下積みを経て、独立した先輩に専務として誘われた。当時は交通費も出ず、日給制で道具も自前という厳しい環境。それでも「負けたくない」という気持ちで毎日メモを取り、真面目に技術を身につけていった。
その後、同級生が立ち上げた有限会社にも専務として加わる。だが岩名氏が28歳のとき、その会社は倒産することになった。

社員一人と、蓮畑の上で
会社をたたむとき、岩名氏には不動産会社の支店長にならないかという誘いもあった。条件だけを見れば、間違いなくそちらのほうが良かったという。それでも岩名氏は、まだ仕事を続けたいという社員たちに問いかけた。「続けていきたい人はいるか」と。手を挙げたのは、一人だった。
「一人でもいるのなら」——専務という立場で社員を見捨てるわけにはいかない。そう考えた岩名氏は、その一人とともに、二人で新しい会社を立ち上げた。
創業の地は、人のつながりで借りた250坪の土地。半分は蓮畑、もう半分は沼のような場所だった。地面を均し、2メートル×5メートルほどのハウスを一つ建てる。中古で買ったプロボックス一台と、少しずつ買い揃えた道具。それが、すべての始まりだった。「最初の2年は、自分の給料を月5万円くらいでやっていました」。まず物を揃え、会社の形を作ることを優先した二年間だった。

トントン拍子と、その先の壁
2011年に法人化。売上は数千万円規模から一億円へと伸び、やがて三億円まではトントン拍子で駆け上がった。だが、そこからが苦しかった。
「本当にワンマンでやっていましたから」と岩名氏は振り返る。現場でも人に任せるのが苦手で、つい口を出してしまうタイプ。その自分を我慢して、「自分の思う60%できればいい」と考えを切り替えた。右腕・左腕となる存在を育て、任せられるようになったとき、会社は再び成長を始めた。手探りの連続で、「あの時は間違ったこともよくやっていた」と笑うが、その積み重ねが今の8億円へとつながっている。

「人が嫌がることを、一日一個」
岩名氏の経営を貫くのは、シンプルな哲学だ。「人が嫌がることを一日一個やったら、年間で365回やっていることになる。やっている人とやっていない人とでは、ものすごい差がつくと思うんです」。
大変な仕事、みんながやりたがらない仕事こそ引き受ける。お客様のニーズに応え、「こういうふうにやりました」と丁寧に報告を重ねる。その繰り返しが信頼となり、200社を超える取引先へと結実した。社員の安全を最優先に置きながら、明るく、元気に、笑顔で挨拶する——自分を戒め、「絶対に調子に乗るなよ」と言い聞かせながら、岩名氏は現場に立ち続けてきた。

SNSと採用——2年で20人増
人手不足が叫ばれる建設業界にあって、K・I架設工業は異例の伸びを見せている。社員はここ2年で20名増加。新卒採用も進む。
その原動力の一つが、SNSだ。「うちに広報部がいるんですけど、優秀でですね、感謝しています」と岩名氏。TikTokなどでの発信が採用に大きく効いているという。「無駄な人が一人もいない。みんなで新潟一番を目指して頑張っていきたい」。

業界の単価を、自分たちで上げる
岩名氏は同業の組合で会長も務め、業界の将来を強く案じている。とりわけ気にかけるのが、足場業界の単価問題だ。
多くの経営者が「元請けが単価を上げてくれない」と口にするなか、岩名氏の考えは逆だ。「元請けが上げないんじゃなくて、我々が力を持って、元請けが上げたくなるような単価を作っていかないとダメ」。お客様にとって価値のあるいいものを提供し、「これだけやるので、この単価です」と胸を張って示す。全業者が一致団結してそれをやれば、単価はすぐ上がる——誇りを持って仕事をするからこそ譲れない、経営者としての信念である。

新たな挑戦——足場資材の「ケレン」事業
K・I架設工業は今、新しい事業に踏み出そうとしている。足場資材の「ケレン」——資材に付いた塗料やコンクリートのカスを削り落とし、綺麗に整える仕事だ。
コンプライアンスが厳しくなるなか、経年劣化した資材や未検査の資材が現場に出回るリスクは小さくない。そこで自社の資材を検査・管理するだけでなく、対外的にもケレンを請け負う事業を立ち上げる。隣県には同様の会社がほとんどないという。工場を建て、億単位の機械を導入し、一年以上かけて準備を進めてきた。まもなく本格始動する。
その先に描くのは、社員80名の体制だ。「20歳から65歳まで働くとして、毎年2人ずつ雇って回転させれば新陳代謝が生まれる。全部の年齢が揃うことで単価も安定し、『新潟の単価はうちが正解ですよ』とお客様に伝えていきたい」。人数の目標にも、業界の基準を作るという明確な狙いが込められている。

就活生へ——"横道それず、正面から乗り越えろ"
情報が飛び交い、否定も肯定も入り乱れる時代。学生に向けて、岩名氏はこう語る。「新しい考えを持っている、どんどん変化していく会社がいい。常に何か考えていくような会社じゃないと、これから残れない」。そして、「自分の目で見て、信じることが大事」だと。
岩名氏が最も大切にするのは、正直であることだ。「嘘は絶対つかない。かっこつけて嘘をつくと、余計かっこ悪い。自分がダサいなと思うようなことでも、堂々と言えるほうがかっこいい」。その姿勢が、「岩名さんだから信じられる」という顧客からの信頼を築いてきた。
かつて独立していった元社員には、必ずこう伝えてきたという。「必ず大変な時が来る。でも横道にそれるな、横に逃げるな。正面から向かって全部乗り越えていけば、必ずうまくいく」。自らそうして歩んできた経営者の言葉には、実感の重みがこもっていた。






