株式会社HLSとは?
株式会社HLSは、Human Life Supportの頭文字を社名とし、給排水衛生設備工事の仕事を通して、いかに社会貢献できるかという理想を掲げて設立された会社だ。建物の設備には電気、空調、給排水の三種類があるが、同社が担うのはそのうちの給排水(水道)にあたる部分。一般のお客様からの水道の故障修理を請け負う水道修理店である。上下水道局の指定工事店(公認業者)として、トイレの詰まりや蛇口の水漏れといった暮らしの困りごとに応えている。
設立は平成21年。代表を務める芝村社長は、祖父の代から続く職人の家に生まれ、屋根職人、不動産営業を経て水道の道に入った人物だ。社員と外注を合わせて五人ほどの小さなチームで、現場に向き合い続けている。
今回は、芝村さんがどのような道を歩み、何を大切に商売を続けているのか、そして就活生に伝えたいことは何かを伺った。

職人家庭に生まれ、腰を痛めて不動産営業の世界へ
芝村さんの出発点は、東京・渋谷区の職人の家庭にある。祖父は地元近隣で屋根工事を請け負う屋根職人で、父もそれを継いだ。そして芝村さん自身もその流れで屋根職人となった。また、母方の祖父は石屋で、皇居のお堀の工事の際に指名を受けたほど腕が良かったという。
「元々職人家庭で、自動的に職人になってしまったような感じです。結局、勉強が嫌いだったからなんですけれど」と、芝村さんは笑って振り返る。
しかし職人として働くなかで怪我をし、腰を痛めてしまう。そこから十二年ほど不動産会社の営業マンとして働いた。宅建の資格も取得したが、仕事に面白さを見いだせず、「あまり向いていなかったのだと思います」と語る。やがて再び建築の世界へ戻り、「水道をやってみよう」と思い立ったことが、現在につながる転機になった。
三十代後半で飛び込んだ水道の救急対応
水道屋になったとき、芝村さんは三十代後半だった。面接を受けてもなかなか入れてもらえない年齢だったが、水道の救急対応の仕事は比較的門戸が広かったという。
「やる気さえあれば誰もが入りやすい仕事でした。それで某大手企業に入社し、緊急でお客様のところへ行って水道のトラブルを直す仕事をしていました」
その後、自営業として独立し、二年後に法人化して現在に至る。独立当初は地元の渋谷区で営業していたが、賃貸物件からの依頼が非常に多かったという。賃貸アパートでは大家さんの許可がなければ修理を進められず、大家さんが別の水道業者に頼むからと断られるケースも少なくなかった。工事店として成り立ちにくいと感じた芝村さんは、持ち家率が比較的高い東京の隣接県へ目を向ける。選んだのは、世田谷区のすぐ隣、二子玉川の橋を渡った神奈川県川崎市だった。
「住宅の自己所有率が高いというのが理由です。その方が修理の依頼を頂きやすいんですね」
仕事を取り続けるプレッシャーと、事業を支える考え方
経営者として一番こたえたことを尋ねると、返ってきたのは人を雇う責任の重さだった。一人では仕事を回しきれないため職人を雇うが、受注がうまくいかなければ職人の仕事がなくなってしまう。
「職人は仕事がないと食べていけません。そのプレッシャーは代表者に向いてきます。仕事を取らなければいけないというプレッシャーは、今も継続してありますね」
そんな芝村さんが商売で最も大切にしているのが、近江商人の言葉である三方よしだ。サービスを提供する側もお客様も良く、それによって社会も良くなるという考え方(売り手よし、買い手よし、世間よし)である。なかでも営利団体の運営者の立場からは、現場の人間が稼げる状態であることが一番大事だと話す。
「現場の職人が満足できていれば、会社も存続しやすくなります。なので、職人の人材活用を含め、いろいろな意味で「現場」を重視する。この考え方は何事においても大事なことだと思っていて、大切にしています」
組織を大きくしすぎず、「納得できる仕事」を物差しに
商売である以上、ジレンマもある。お客様にとっては安いほど助かるが、安くしすぎれば自分も従業員も食べていけない。適正な代金をいただきながら、いかにお客様に満足してもらうか。現在のインフレ社会において、この調整が難しいところだと芝村さんは言う。同じ業界には、不当に料金が高いといった苦情が重なり、姿を消していく会社もあるそうだ。
こうした考えは、今後の会社の理想像にも表れている。従業員を増やすには受注量を増やし、広告費をかけて大量の仕事を大人数で回す体制にしなければならない。しかし、一人で管理できるのは自分では四人ほどが限界で、五人を超えると手が届かなくなるため、管理職を三人ほど育てる組織づくりが必要になる。
「ワンマンなところもあるので、大きくしすぎるとかえってやりにくいかなと思っています。売上はもちろん伸ばさなければいけませんが、それよりも、お客様が納得できる仕事ができているかを物差しにしています。波はあっても、長く生き残れればいいと考えています」
金銭欲だけに取り憑かれたような、売上至上主義の商売はしたくない。どれだけ人の役に立てるかが商売の原点だと、芝村さんは繰り返した。
就活生へ。ブルーカラーという選択肢に目を向けてほしい
取材の終盤、将来の選択に迷う若い世代へのアドバイスを求めると、芝村さんは「ブルーカラーに目を向けてほしい」と答えた。
その理由はAIにある。知識の面では、税理士や弁護士の領域でもAIで事足りる場面が増えている。しかし、AIに家を建てることはできず、詰まったトイレを直すことすらできない。現在、人の手を使う仕事では圧倒的に人手が不足しているという。
「アメリカでは、一部のブルーカラーの収入がホワイトカラーの収入を上回る現象が起きています。この流れは日本でも起きていて、電気工事士などで年収1,000万円を超える人も珍しくなくなってきています」
水道工事店も含めブルーカラーの仕事は、人が集まりにくい職種のため競争が激しくなりにくく、レッドオーシャンになっていない点も強みだと言う。なので若い世代の人の中に、外国人の方々も含めて若いチームをつくり、現場で自らの技術を教えていくようなポジションに着くことを真剣に考える人が現れれば、この分野で大きく成功する人は必ず出てくるはずだと続けた。
「ブルーカラーの職種には向き不向きがあるとは思いますが、自らの技術を、自らの手を使って表現する仕事が嫌いでない人にとっては、将来性も高く高収入に直結しやすい仕事です。若い人がその事実を意外と知らないだけだと思います」
◾取材担当:青山浩輔の感想
取材中、芝村さんが何度も口にしたのは、「どれだけ役に立つか」という言葉でした。組織を大きくすることよりも、お客様が納得できる仕事を続けることを物差しにする姿勢は、派手さはなくても、長く信頼される会社の土台なのだと感じました。
また、AI時代だからこそ人の手で行う仕事の価値が高まるというお話は、進路に悩む学生にとって大きなヒントになると思います。就活では目立つ業界に目が向きがちですが、人が集まりにくいところにこそ可能性がある。その視点を、この記事を読んだ方にも持ち帰っていただければ嬉しいです。





