岡村建設工業株式会社とは?
岡村建設工業株式会社は、静岡県内を主な事業範囲とする交通関連土木工事の会社です。1927年、砂利を馬車で運ぶ「馬力屋 岡村商店」として創業し、舗装、そして土木へと事業を移り変わらせながら、来年で創業100年を迎えます。現在は土木を主軸に、高速道路や民間の大規模造成から、駐車場、区画線、側溝の修理、草刈りまで、官民問わず幅広く対応しています。
同社の強みは、建物や設備以外の「地面に接する工事」ならほぼ何でも対応できる、その幅の広さにあります。また、大手企業の下請け工事を通じて、自社単独では経験できない規模の工事にも携われる点も特徴です。
社内は社員同士の距離が近く、和気あいあいとした雰囲気。ここ数年は20代の社員も増えつつあり、100年の節目に向けて評価・報酬制度や育成体制を見直す「第二創業」に取り組もうとしている、変化の途上にある会社です。

事業と100年の歴史について
まず、御社がどんな事業をされているのか、改めて教えていただけますか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝岡村建設工業と言いまして、今は土木をメインにやっています。舗装については結構前から直営でやってきた部分があります。
建物や設備以外の、現場が地面に接するような工事は、大体全部できてしまいます。基本は静岡県内が事業範囲で、高速道路や民間の大規模造成もやりますし、民間の駐車場、区画線、側溝の修理、草刈りといった小さなものまで、官民問わず広く対応しています。
1927年創業とのことですが、そのあたりの歴史も伺えますか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝元は1927年、砂利を馬車で運ぶところから創業しています。「馬力屋 岡村商店」といいまして、そこから舗装をやり始めて、ここ30年弱で土木をやり始め、今は土木が主軸になっています。来年で100周年を迎えることになります。
もし自分が継ぐとすると四代目になります。初代が延さん、二代目が昌さん、三代目が一代目と二代目を合わせて延昌さん。四代目はちょっと名前を崩してしまいました。

家業を継ぐまでの道のり
岡村さんは小さい頃、お父さんやおじいさんの背中をどんなふうに見ていたんですか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝父はあまり家にいない人間でしたが、幼稚園の頃は祖父母の家が近かったので、そちらに帰っていました。当時は祖父が社長で、昼間に現場やプラントに連れて行ってもらって見せてもらっていました。
ただ、社長としてやっているというようなことは、まだ小さいのでよくわかっていませんでした。家業というより、土の山があって楽しそうだな、くらいの感じで見ていました。
実は継ぐ前に、一度就職されているんですよね?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝実は大学は新卒で就活をしていませんでした。卒業してバックパックもどきでフラフラしていて、お金がなくなったときに、当時の常務に静岡の建設会社を紹介されて、軽い気持ちで建設業に入りました。
最初の1年くらいで辞めようかと思っていたんです。ただ、山間部の国交省の現場に割り当てられたとき、そこの所長がそんな自分を見て、いろいろな業務をバンバン振ってくれました。自分はそういうのが嫌いではないので頑張ってやるうちに、現場の面白さを見せてもらって、建設の仕事はすごいなと感じました。あれがなかったら、今ここにいないと思います。
現場のどんなところに面白さやすごさを感じたんでしょう?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝大学では言語学をやっていたので知識がなかったのですが、一番大きかったのはCADでいろいろ計画を立てていたことです。
CADはたとえば何百分の1で図面がありますが、それを何倍かにすれば実物になります。自分はベースとなる知識も経験もなかったので、CADでできることはできる、できないことはできない、という考え方で、数字と物理的なスケールで判断していました。実はそのやり方を見つける前に、職人さんに大雑把な指示を出してしまったことがあったんですが、その時に「その程度の指示でよいならその程度のものになるだけ」と言われたことがあって、それがきっかけで細部まで詰める必要性を感じて、CADを駆使するようになりました。細かい計算は所長にお願いしたりもしましたが、結果的にそれがすごくハマって、自分の計画通りに物事が進んでいくのが面白かった。
指示した通りに職人さんが動いてくれて、目的物ができたときは感慨深いです。何もなかった山林にたった数か月~数年で道路や構造物ができちゃうってすごくないですか?しかもそれを作るための工事用道路もゼロから造り上げる。それが実際にインフラとして機能した時は、世の中に価値を生み出したんだなとすごく感じました。建設業はプロジェクトなので、積み上がって最終的にできて公開される、お祭りのような感覚でしたね。
その後、お父さんやおじいさんから声がかかったんですか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝その会社を退職して、またフラつき期間を挟んでに30歳手前まで東京の建設コンサルにいて、URの設計、国交省の積算業務や資料作成業務をやっていました。ただ、下手をすると人を死なせてしまう可能性のある現場仕事の大変さや心労に比べると、業務系の仕事は気楽でちょっと張り合いがなかった。今思えば青かったのですが、変に納得できない感覚があり、モヤモヤしてしまいました。
その後、転職しようとしたタイミングで今の社長である父から「戻ってこいよ」と電話が来て、迷いましたが、戻ったのが10年ぐらい前です。今の社長も元はホテルマンをやっていて呼び戻された経歴なので、自分と似ているかもしれません。

建設業界のこれからと会社の方針
最近は現場系の仕事に価値が集まっているとも言われますが、実際の流れはどうですか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝そのような話は聞きますが、「集まっている」というよりは「足りない」というイメージの方が強い感覚です。
出来高で言えば、私たちの世代が就活する2008年、2009年あたりが、建設業が一番谷間の時代だったと思います。それに比べると、災害の影響もあって多少は増えていますが、昔のピークの頃に比べれば少ないのは間違いありません。
この辺りは道路もある程度整備されているので、公共事業は減っています。一方で、仰るように業界全体的に受け皿は広がっていると思います。人手不足もありますし、DXやITで建設業が変わりつつあり、標準化されてきた部分が大きいかもしれません。でも、もしかしたらブルーカラーも近い将来フィジカルAIに変わってくるかもしれない。事務も現場も、今後はAIをどんどん使っていかないと追いつかなくなると感じています。
採用について、いろんな考えを持った学生が多くて難しいという話もありますが。
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝社会的には、画一的な人材が揃うより多様な人材がそれぞれのスペシャリティを活かしていった方が面白いと思います。一方で、確かに仲間集めという点では個別対応が大事になってきているという点では、難しくなっているのかもしれません。
私は経営者なので、会社の方針・方向性を示さなければなりません。それがないと社員が判断基準に迷ったり、不安になったりします。弊社は社訓などはありますが、今は理念もビジョンも明確に設定できていないので、100周年を機会に策定したいと思っています。方向性が固まれば「うちはこういう会社です」と説明できますし、合わない人のスクリーニングもできます。合う人だけ来てもらえればいいし、合わない人に来てもらってもお互い良くないですからね。ただ、私もドリフト型な生き方していたので、同じようにフラフラしている人には「とりあえず入ってみなよ」と言ってしまうかもしれません。やっていく中で別の道を見つけたなら、それはそれでいいと思っています。

100年企業の「第二創業」
5年後、10年後、会社をどうしていきたいですか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝具体的な数値目標はまだないのですが、来年100年を迎えるので、会社の方向性・ビジョンはちゃんと設定したいと思っています。
新設工事は減ってくるのでパイは小さくなっていくと思います。堅実に進みつつも、新規事業や、既存事業の中でも新しいことに挑戦する風土を作らなければ、というか取り戻さなければと思っています。舗装の技能職の中に「岡村建設工業は最先端の舗装技術を持ってやっている」というイメージを持って20年前に入社された方がいて。そういう意識があるなら、それを取り戻していきたいですね。
若手にとってはどんなキャリアが描けますか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝今バリバリやっている経験豊富な世代が50代、60代で、10年後には半分以上は退職されると見込まれます。そういう意味では、若い人たちは今頑張っておけば先のキャリアパスは幅広くあると思います。
営業に行く
積算をやる
現場管理のスペシャリストでいく
管理系にいく
面白いものを見つけて新規事業をやる
大会社ではないからこそ、地域社会に根ざしていろいろな経験が積めます。自分と向き合いながら働ける環境や柔軟性を大切にしていきたいですね。
実は40年ほど前、先代と先々代の間で「建設をやめてホテルでもやるか」という話が出たこともあったそうです。砂利運びから建材、舗装、土木と移り変わってここまで残ってきた会社なので、今後も現業に過度にしがみつく必要はないのかなと思っています。

業界の魅力発信と、これから
日本のインフラや建設業界が、もっとこうなればいいなと思うことはありますか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝自分がここに戻ってきてもいいと思った理由の一つが、現場の仕事のすごさを知ったことなので、それがもう少し一般に認知されたらいいなと思います。
プロジェクトXや解体キングダムのようにワクワクする大きな現場だけでなく、その辺の道路や側溝も、現場ごとに個別の課題やストーリーがあります。そういうものが取り上げられれば、インフラが真の意味で身近な存在になって、業界のイメージも変わる。イメージが変われば人も入ってきますし、いろいろな人が入ればさらに技術もブラッシュアップされていくと思います。
業界に足りないものは何だと思いますか?
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝最近はDXも進んでいるので、人材の裾野は確実に広がっています。それでもやはり「男の世界」という感じが依然として強いので、そこに女性的な柔らかさや華やかさを醸し出せると、雰囲気が変わってくると思います。
職人の皆さんはあまり主張しないというか、自分たちのやっていることは当たり前だと思っている節がある。その辺は女性のほうが伝えるのがうまいと思うので、力を借りたいですね。そのためにやるべきことはたくさんありますが、色んな属性の人たちが持ちつ持たれつで協力できれば、もっと面白い世界になると思います。
最後に、改めて御社の魅力を教えてください。
岡村建設工業株式会社 代表取締役副社長:岡村 一輝ここに来て一番思ったのは、社員の距離がすごく近いことです。もともと舗装の技能集団だったこともあり、みんな一緒に行動しています。社員旅行ではバスの中でカードゲームをしたり、忘年会も二次会、三次会、最後はカラオケ。すごく和気あいあいとしています。ここ数年で20代が増えてきたので、新しく来る方には同年代がいるのも良いところです。
業務的には、地面関係のことなら何でもやってしまう幅の広さが強みです。最近は下請工事の割合が多くなってきましたが、弊社だけでは関われない規模や性質の工事が経験でき、つながりも広がります。
あとは、弊社に限らず地域建設業の特徴かもしれませんが、現場監督なんかはソフトからハードまですごく業務の幅が広いので、このプロジェクトマネジメントのスキルを磨けば、建設業に限らず何でも段取りできる人になると思います。社会的にそれが一番わかりやすく発揮されるのは災害対応かもしれませんね。
ここからは100年を迎えるにあたって、評価・報酬制度をはっきりさせて連動させたり、未経験者でもシステマチックに学んで最短で自分の裁量で現場を運営できるよう育成したりと、社内体制を変えていきたい。第二創業と言うと大げさですが、いろいろ触れてみたい人には面白い会社かもしれません。





