本田設備株式会社とは?
本田設備株式会社は、化学工場や石油プラント、発電所、そして飲料・食品・乳業といった分野の設備工事を手がけるプラント設備工事の会社です。約32年前に個人事業として始まり、平成21年に株式会社化。当初2名で溶接工事に特化して技術を磨き、そこから事業とお客様を年々広げてきました。
近年はステンレスを主に扱う飲料・食品分野へと軸足を移し、俗にいう自動販売機で売られているようなメーカーとの直接取引も実現。さらに11年前にはタイに現地法人を設立し、日本と同じ品質の仕事を海外でも展開しています。
私たちが手がけているのは、人が口にするものや水など、日本では「当たり前」に成り立っている暮らしの基盤づくり。目には見えにくくとも、社会に欠かせない技術を、メーカー様とご一緒に支え続けています。

事業のあゆみと海外進出について
まずは御社の事業について、改めて教えていただけますか。有田市の宮崎町がすごく好きな場所で、近くの会社さんだと知って興味を持ったんです。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之本田設備株式会社は、株式会社になったのが平成21年ですが、元々は個人事業という形で、今から約32年前に私と協力してくれる人とで立ち上げました。
当初は2人しかいませんでしたので、技術的には溶接に特化していました。溶接工事を請け負いながら年々続けていく中で、設備を作る仕事の引き合いが知り合いから増えていき、仲間を集う流れになって、人数もお客様も徐々に増えていきました。
化学工場や石油プラント、発電所などの大規模工場が主でしたが、ここ20年ほど前からは飲料、食品、乳業といったステンレスをメインに扱う方へ軸をシフトしました。その流れでメーカーさんと直接取引をさせてもらえるようになり、海外でも協力できないかという話をいただいて、11年前にタイで会社を設立しました。
タイでは日本と同じ仕事をしますので、日本語で対応できるタイ人スタッフを育てる必要があります。社員は1年日本で研修してからタイに戻って作業する形をとっています。
起業当初は和歌山の有田市からスタートされたんですよね。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之元々は有田市から始めましたが、今は県外、国内外のお客様も多いので、和歌山市の高速道路インター近くに自社工場を設け、現在は100%の業務を和歌山市にて行っています。以前本社機能は有田市にあります。

これまでの苦しかった経験
32年やってこられて、これはきつかったなという経験はありましたか。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之パッと思い浮かぶのは2件あります。
1つは約25年前のことです。請け負いをしていた会社が資金不足で飛んでしまい、一千万円近くが回収できませんでした。この様なトラブルは我々には全く無縁だと思っていましたが、親族などから資金を借り、従業員や協力会社に支払いをしました、本当に厳しかったです。
ただ、この話には先があります。そういうことがあったからこそ、直接その上のメーカーさんと取引できるようになりました。悪いことがあっても頑張ればまたいいことも起きるという、若い時の大きな経験でしたね。
もう一つはどんな経験だったのでしょうか。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之もう一つは5、6年前、コロナの頃です。現場仕事ですので仕事がなくなることはなかったのですが、海外で問題が起きました。
タイで施工した配管設備に、尋常じゃないぐらいの不具合が出たのです。材料の選定や技術的な問題に関わりかねないもので、しかも某一流メーカーさんとの直接取引でした。製造も止まる、補償はどうするのかという話になりかねない状況で、1ヶ月ほど調査や試験をしながら製品も厳密に調べてもらいました。
元を正せば、お客様が使用していたもの自体があまり良いものではなかったという結論に落ち着き、双方痛み分けとなりました。解決に至るまでの1ヶ月半は、会社が倒産してしまうかというほど心底厳しかったですね。
現在の会社規模はどのくらいになったのでしょうか。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之タイは含まず、一番多かったコロナ前は社員20人ほどで、協力会社を合わせると全部で40名体制ほどでした。
コロナで下がり、社員は守れましたが協力会社まで回せなかったのが申し訳なかったです。今は社員の高齢化もあり、辞められた方や残念ながら亡くなられた方もいる中で、現在は社員14名。年々減っている状況ですね。

会社にかける思いと、これから目指す未来
本田社長が今の会社にかける思いをお聞きしたいです。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之30数年前に立ち上げた時から一つも変わっていないのは、我々でどこまで行けるか、どこまでお客様を広げ、どこまで一流のメーカーさんと取引できるか、ということです。
我々の時代は超有名メーカーさんと直接取引できることはありませんでした。必ず孫請け、ひ孫受けで、我々は5番目か6番目ぐらい。そういう立ち位置だったんです。それを何とか元請けになれるところまでやっていこうと。共感してくれる社員がいますので、少しずつ信用と信頼が増えて花が咲き、海外にも進出でき、日本でも一流企業と取引できるようになりました。
ただ、もっと先を目指していますので、我々の社員だけでは対応しきれません。次世代の方たちにも協力してもらう必要があり、前も横も後ろも見ながら進めているところです。私はもう54歳です、後継者やその後のことも考えながら進めていかなければと思っています。
5年後、10年後、どういう会社であり続けたいですか。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之我々が長くお仕事をさせてもらっているお客様とは信頼関係があります。お客様の世代も変わっていきますので、その方たちにも同じように信頼してもらえる品質を提供できるように、同年代から次世代へとうまく共有していけたらと思います。
仕事の魅力と、若い世代へのメッセージ
改めて、御社の魅力を教えてください。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之我々の仕事は、国民生活やインフラという、まさに見えないところで成り立っている部分があります。なかなかフォーカスされないのは仕方がないのですが、これがないと世の中が回らない、社会の仕組みの一つだと思っています。
誰かがやらなければなりませんし、これがAIに取って代わることはまず無いので、きちっとした技術を継承していきたいし、それを担ってくれる人材を育てたいです。同時に海外でも事業を行っている様に、様々なニーズに応えられる割合も増えてくると思います。協力会社とともに成長していきたいですね。
御社の職種は、想像しにくい部分もあるのでしょうか。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之我々の職種は、みんなが簡単に想像するような設備の工事会社ではないんです。説明はしにくいのですが、我々の仕事のメインとなるのは、人が自然に口から取り込む水や食品などを製造する過程に関わっています。
世界では買ったペットボトルを普通に問題なく飲めますよね。その当たり前を、メーカーさんと共に協力しながら作っているのが我々の仕事です。目には見えませんが、当たり前のことが当たり前にできているのは、我々とメーカーさんが一緒にそれを支えているからなんです。
情報が多くて将来の選択肢が決めづらい時代です。学生はどう考え、動けばいいでしょうか。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之将来については、漠然としていてもいいと思うんです。正確なビジョンを決めすぎると、かえって首を絞めてしまいますから。漠然と決めた中で前に進んでいけば、違う扉が開いてきます。
みんな時間軸は平等です。怠けた人にも、勉強を頑張った人にも同じ時間が流れますので、そこで何をするかでプラスになっていきます。YouTubeやChatGPTで調べることもできますが、その前にまずやってみることです。
私自身、遊びたいがために働いた、漫画を買いたいから仕事をした、というだけのことでした。それが続けるうちに信用がついて面白くなってきたんです。いろいろチャレンジしたらいいと思います。
チャレンジや失敗について、どうお考えですか。
本田設備株式会社 代表取締役:本田 裕之若い時こそ、失敗を恐れないでほしいです。失敗しないように進めるのは、あまりいい未来は待っていないと私は思います。
失敗した時は一人で解決できないこともありますが、必ず周りは助けてくれます。全然知らない人だったとしても、頑張れば頑張るほど、失敗前後の頑張り方によって助けてくれるんです。
失敗は絶対にしたくは無いですが、極論を言えば、若い時から失敗を上塗りしていけば、そこは修復されてゴツくなり、強い人間になっていきます。結局はいろんな人と関わり合いながら生きていく世界ですから。





