株式会社 岩井工業所とは?
株式会社岩井工業所は、岡山県を拠点に土木・電気・通信の登録を持つ建設会社です。現在のメイン事業は、中国電力ネットワークから直接仕事を受けて行う送電線の建設・保守。鉄塔を組み立て、その上に架空線を張るなど、私たちの暮らしに欠かせない電気を支えるインフラ工事を担っています。
創業は約60年前。母方の祖父が興した会社を父が継ぎ、現在の柳社長が三代目を務めています。岡山を中心に、広島県東部や鳥取県まで幅広いエリアで、送電網の保守を続けてきました。
「日本の電気の品質は世界一」と語る柳社長。停電が起きてもすぐに復旧できるインフラの一翼を担う仕事には、大きな誇りと達成感があります。目に触れにくい山の中の現場が多いからこそ、知られざるやりがいに満ちた仕事です。

どんな事業をしているのか
就活生に向けて、まず御社がどんな事業をされているのか教えていただけますか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘当社は土木や電気の登録を持つ建設業者です。その中でも今一番のメインは、中国電力から直に仕事を受けて行う送電線の建設・保守です。
ホームページで最初に出てくるのが鉄塔だと思いますが、電気を送る術として、鉄塔の上や電柱の上を通す「架空線」があります。最近は街中で電柱が減ってきましたが、なくなったところは地下に入れており、これを地中線と呼びます。電力からは架空線も地中線も仕事をいただけますが、今は特に架空線が非常に忙しい状況です。
公共工事などにはあまり手が回らないほど忙しいんですね。なぜそこまで忙しいのでしょうか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘背景には電力自由化と発送電分離があります。以前は関西なら関西電力、中国地方なら中国電力が電力の面倒を見ていましたが、今はどこから電気を買ってもよい時代になりました。
さらに、発電する部門と、私たちが関わる送電の部門を分けなさいという国の指導が入りました。送電部門は送る電気の量に応じた託送料で成り立つ仕組みになり、その料金は経済産業省と各電力会社との協議で決まります。各電力会社は目いっぱいの工事を積み上げ、五カ年計画のもとで進めているため、業界全体がてんてこ舞いの状態なのです。

山を登るところから始まる仕事
建設業に進みたいという学生は正直多くないのが実情です。御社の仕事ならではの特徴はどんなところにありますか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘普通の土木や建築は平地でできますし、機械化も進んでいるので作業員の体そのものも楽だと思います。しかし当社の場合は、まず山に登って、そこから仕事が始まります。平地にもありますが、鉄塔はやはり山が多い。その意味では非常にハードな仕事です。
そのハードさの先に、どんなやりがいがあるのでしょうか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘先ほども申し上げたように、日本の電気の品質は世界一です。災害は別として、何かで停電が起きてもすぐ復旧しますし、このルートがダメなときはこちらから送るという備えもしてあります。今は停電したら生活できないほど電気が当たり前になっています。
その品質を常に支え、一翼を担っているのが当社です。今の方はあまりやりがいに興味がないと言われますが、この仕事には電気を守っているという達成感があります。ものができ上がったときの喜びは非常に大きいものです。

三代目として会社を継いで
社長ご自身は、いつ会社を継がれたのですか。ご経歴を伺えますか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘この会社は母方の祖父が始めたもので、私は三代目にあたります。創業は今から約60年前です。私の父はもともと高校の数学の先生でしたが、祖父に頼まれて男気を出して全く畑違いの仕事を継ぎました。私が小学四年生のときに山口から岡山へ移り、六年生のときに祖父が亡くなったので、父はだいぶ苦労したようです。
私自身は全く別の会社にいて、こんな仕事をするとも思っていませんでした。ただ、盆か正月に帰ったとき、厳しかった父が「帰ってこんか」と言った。あの父がそんなことを言うなんて信じられず、だいぶ弱ってきているのかなと思い、一年後くらいに帰りました。
未経験で現場に入られて、印象に残っている出来事はありますか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘入った頃は全くの素人でした。電気は目に見えませんから、危険がわからないのです。
ある電線の張り替え現場でのことです。送電線は鉄塔の両側にあり、両方止めると完全に停電するので、片側だけ電気を止めて張り替えます。雨が降っていて、電気が止まっているからと何も考えずに新しい線のドラムに触ったら、ピリピリと電気がきたのです。これは「誘導電流」といって、生きている片側の線から、電気を通しやすい雨水を通じて微弱な電流を拾っていたものでした。素人だったので、なんという危険な作業なんだと驚きました。
今は誘導が来てもアースして線に流れないよう逃がす方法をとっています。私が入った30年以上前は、まだそこまでの対策がなかったのかもしれません。

これからの会社と業界の未来
今後、御社はどんな会社として存在し続けたいとお考えですか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘当社は現在、中国電力ネットワークからの仕事を受けています。岡山を中心に、広島県東部や鳥取県が仕事の多いエリアです。人さえ入ってくれれば、いくらでも仕事はあります。
大きな会社になって全国展開を目指すよりも、まずは中国地方を守りながら、各地方・同業各社との連携でこの送電業界を守っていくことが、最低限の使命だと感じています。この業界は日本全体で従事者が本当に少ないのです。
そして何より当社社員や家族と当社に関わる協力会社の人々がみんな幸せになれる会社で有り続けたいだす。
社長ご自身は、業界全体としてどう変わっていくべきだとお考えですか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘大きな側面から言えば、アメリカのようにブルーカラーの賃金を上にしていかないといけないと思います。
建設業は暑い寒いの中で働き、体力的にもえらい仕事です。今の若い子は、少々給料が高いくらいでは来ないでしょう。せめて普通の人の倍くらいは出せるように、国が考えてくれないといけないのではないかと思います。どんなにえらい仕事でも、給料を目当てに来る人は必ずいるはずですから。

仕事の魅力と、地図に残る誇り
最後に、この事業と御社の魅力を教えてください。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘仕事の魅力は、まず電気そのものを守っているという誇りです。そして建設会社全般に言えることですが、ものを作る喜びがあります。
送電線を一つ作るにも、まず土木仕事で穴を掘り、鉄筋を組んでコンクリートを打ち、一番下の部分を固定してから鉄塔を組み、電線を張っていく。いろいろな工種があります。その一つ一つをきっちりやることで初めてちゃんとした構造物ができ、完成した姿を見たときには「自分がやったんだ」と強く感じられます。
そのやりがいを象徴するようなエピソードはありますか。
株式会社 岩井工業所 代表取締役:柳 智弘私が入った頃にいた現場責任者の一人が、もうすぐ辞めるという時期に、家の近くで鉄塔5基ほどの建て替えがありました。その人は「この仕事だけはやらせてくれ、これをやって辞めたい」と言ったのです。
理由を聞くと「あれはじいちゃんがやった、お父さんがやったんだと、近くにあるから子や孫に言えるだろう」と。ある建設会社のCMに「地図に残る仕事」という言葉がありましたね。鉄塔は通常の建物と比べると小さいので地図に載るほどではないかもしれませんが、「あの鉄塔は俺が建てたんだ」と言えるのは素晴らしいことだと思います。




